D 鯖の歌姫は今日も元気に寝落ちです。 ぽんこつ度上昇中(85%)
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「ちゃんと使ったはずだし、発動も確認したんだよっ」 歌姫はそう語りだす――。
ここは ChaosAge 水の門。 美しい水のステージの真ん中では今日も激しい戦闘が繰り広げられている。 少女の格好をしたゲートキーパが猛威を振るい、それを押さえ込むようにペットや召喚たちが群がるのはいつもの光景だ。 その外側で遠距離職が弓や銃を構え、それらをサポートする PC 達もちらほら見える。
もう戦いは中盤から終盤へさしかかろうかというところ。 ゲートキーパーは第二形態への移行を済ませ、その残りの体力もそろそろ半分だ。 GK は戦いが進むごとに凶悪になる。 中盤以降は即死級の攻撃も始まるため、前線に PC やペットの死体が増え出す頃だ。
と、一つの血煙が、最前線の様子を窺う歌姫の目に入った。 歌姫はここではヒラ役。 蘇生も彼女の役目の一つである。 (おっけー、次はあの人ね) 死体があるのは WGK のすぐ側だ。 即座に蘇生に向かうのは危険と判断したのだろう、まずは自分の身体をチェックし始める。 (切れてる buff はないわね。 HP も満タンっと)
もちろんチェックは自分自身だけではない。 (えっと、弓さんは、っと……) 前方やや下よりで弓を引いている連れに目をやる。 WGK 戦ではよくペアを組んでいる水泳弓の友人だ。 ( HP はおっけー、リバもさっき送ったからダイジョブかな) 連れの彼女は盾も酩酊も選択しているかなり硬い構成である。 今は HP も ST もほぼフルの状態、多少なら PT 外へ出て行っても大丈夫だろう。
(それじゃ、行きますかっ) 気合を入れ、死体の方へ泳ぎだす歌姫。 だが近寄りながら蘇生魔法の準備をしていると、死体に紫の「もや」がかかったのが見えた。 (あちゃー、プレジャーかぁ)
プレジャーインフェクション――対象が受けたテクニックや魔法の正の効果を強制的に奪い、自分のものにしてしまう WGK の特殊攻撃。 回復魔法が飛ばせなくなるヒラ泣かせの技だ。 ディバインシャワーでも解除できないため、普通は時間で外れるのをおとなしく待つことになるのだが……。 現在のダイアロスでは死体に掛かった buff/debuff のカウントダウンがなされないため、死んだところに掛かると、起こされるまで掛かりっぱなしという素敵仕様になっている。 つまり、プレジャーの掛かった死体には蘇生魔法リザレクションが使えないのだ。
それでも歌姫は気にせず近寄っていく。 今度はごそごそとカバンを漁りだした。 (魔法がダメなら、アイテムを使えばいいじゃない、ってねー) 手には一本の試験管が握られている。 プレジャーが吸収するのはテクニックや魔法の効果であって、アイテムには影響がない。 リザレクトポーションなら当然蘇生は可能だ。 死体の下までたどり着いた歌姫は、招魂すべく、栓を抜き、中の液体を周りに振り撒いていく。
ん? ここは水中ではなかったのか。 液体であるポーションがここ水中で、どのようにして死体なり魂なりに作用するのか甚だ疑問ではある。 拡散してしまえば効果など見込めないと思うのだが……。 ふむ、どうせ神秘の島ダイアロスのことだ、ノアストーンの力がどうのとか都合のいい言い訳があるのだろう。 深くは考えないでおくことにしようか。
さて、ポーションは上手く使えたようだ。 (あとは少し下がって HA チャージしてっと) pot の発動エフェクトを確認し、安心して距離を取り始めた歌姫の耳に聞こえてきたのは――。
「プレジャー中です~」
当の死体から「プレジャー中なのでリザが入らない」旨の say が発せられた。 確かにプレジャー中の死体にリザは無意味だ。 だから MP を無駄にしたり危険な場所に身を晒したりせずに済むように、近寄ってきたヒラに対して注意をすることはよくある。 ヒラ側としてもそれはありがたいことなのだが。
(え……、嘘っ!! 今確かに蘇生入れたよっ)
歌姫、混乱する。 自分はリザポを使いその発動を確認したはず。 あとは起き上がってくるのを待つだけだ。 なのに、その後からリザが入らないとの発言が聞こえた。 うまくかみ合わない。 状況が把握できない。 (早く起きてきてようっ) HA のチャージはできている。 大丈夫、いつもやってる手順だ。 間違いはなかったはず。 なのに死体は起き上がってこない。 (チャージ切れちゃう……) 何かが違う。 焦る。
冷静に考えればわかるはずなのだ。 蘇生は確かに入れた。 ここまではいい。 発動エフェクトを見たのだから確実だろう。 「だから」起き上がってくるのを待てばいいだけ、この「だから」が問題なのだ。 発言は蘇生を入れた後に聞こえてきたのだ。 蘇生ダイアログを出したはずなのに、それでも喋れるということは、どういうことだ?
そう、自分も一度やったではないか。 チャットを打ち込んでいる途中に不意に蘇生ダイアログが出て、意図せずにキャンセルしてしまったことがある。 ダイアログは確か Esc キーでキャンセル扱いだったはず。 チャット中なら間違えて押すことも十分あり得る。 目の前で寝ている彼女は、一度は蘇生ダイアログが出たにもかかわらずタイミング悪くキャンセルしてしまい、仕方なくチャットの続きをタイプして発言した、多分そんなところなのだろう。 つまり今蘇生ダイアログは出ていない。 いくら待っても起きてはこない!
でも歌姫は気づかない。 気づけない。 未だ起き上がってくるのを待っている。 ただ時間だけが無駄に過ぎていく。
そうしているうちにも戦況は変わるものだ。 ふと PT のヘルスバーに目をやると、さっきまで安全圏だったはずの連れの HP が半分まで落ち込んでいる。 いやそれだけではない。 そこからさらに減り続けてるではないか。(うそっ。 ヘイトリッド入ったし……) 歌姫の背中に冷たいものが流れ落ちる。
ヘイトリッドインフェクション―― 自分が受けた攻撃の一部をそっくりそのまま対象へ受け流す WGK の技。 流れてくるのがコウモリ一匹の攻撃だけならかわいいものだが、高レベルペット数体分のこともある。 受け手に debuff として付かないのですぐには気づきにくく、運が悪いと気づいた頃には死亡していたりもしかねない。 ある程度の対策をとって前線までやってきている PC の、死亡原因の半数はコレだろう。 即死級の技。
(急いで戻らなきゃ!) こちらへ流れてくる攻撃の量にもよるが、バックにヒラが居るかどうかでヘイトリッド下の生存率は格段に違ってくる。 今、連れ合いに入っているヘイトリッドは即座に死ぬことはなくても一人では凌げないレベル。 歌姫の HA が必要とされているのだ。 (なんで外してるときに入るかなぁ……。 あー、もう、どっちだったっけ) 急いで戻ろうと気が焦る。 気ばかりが急く。 そのせいで余計に方向が分からなくなる。
(お願い、とどいてー)方向の見当もつかないまま HA のボタンを押し続けても無駄なだけ。 無常にもヘルスバーの黒い部分はみるみる拡大し、今、ターゲットが、消え、た……。
歌姫は、間に合わなかったのだ……。
蘇生に手間取らなければ。 あの時キャンセルされたことに気づけていればっ。 気づけなくたって、蘇生入れてもすぐに起きてこない人だって何人も見てきたはず、ある程度で見切りをつけて戻っていれば……っ。 間に合っていれば十分に助けられたはずなのに!
しかし後悔は先には立たない。 悔やんでいても時間は巻き戻らないのだ。 歌姫にできるのはこの経験を次に生かすことだけ。 スムーズな蘇生と、しっかりした PT 内へのサポートが出来ない自分を情けなく思いつつも、それだからこそ少しでも上手くなる努力をすべきなのだ。
(言い訳はみっともないよね) 歌姫は涙をぬぐう。 その目はずっと先を見据えているように見えた――。